いつか見た光景

僕は彷徨い続けている。
〜 戻れぬ過去とひとり遊び 〜

いつか見た光景 〜 君の想い 〜

今、僕らは子供の頃を過ごした宮崎県都城市を歩いている。
時は場所を選ぶことなく、多くの過去を消し去っていた。
「大隅大河原とは違う」
「なに? それ」
ここには、記憶があり、通学した道、遊んだ公園、野球場、そしてなによりも二人が学んだ校舎がある。
「わたし、あそこで泣いたでしょう。覚えてる? あなたが居なくなることを知ったの」
記憶している。
ただ、当時 僕は君の涙の訳を知らなかった。


ホテルに戻り、BARで遅くまで語り合った。
明日は、タイムカプセルを探しに行く。


夕食は取らず部屋へ戻る。
初めてベッドを共にし、からだを寄せ合う。
君の唇に触れる。それで満たされる。
男と女、お互いを求めあう愛がある。
いつかその日がくるのだろうか。
青山通りで再会して一年ちかく経つが、からだの関係はない。
たわいの無い話しのなかでいつしか眠りについた。


夢を見た。
妻とのデート。
大学が青山、表参道沿いだった。
その界隈と渋谷へよくふたりで出かけた。
夢中になった。
楽しい夢だったが、翌朝、気分がすぐれない。
「おはよう、何か元気ないよ。どうかした?」
「お腹が空いた。今日は、タイムカプセルを探しにいこう。」


昼食を済ませ、ある家を訪ねる。
僕らの同級生の自宅だ。
最後に住んでいた借家から二〇〇メールも離れていない。
家は新築されているが、充分な記憶がある。
彼女達は幼い頃から仲が良かった。
ふたりの会話を聞いていると、あれからも交友を深めて来たようだ。
僕のこともよく覚えていてくれた。


「例の物を開ける日が、奇蹟がおきたの」興奮ぎみに君が彼女に話している。
「大丈夫よ。でも、どんな状態か保証できないよ。
あとから、奇蹟の出逢い教えてね」
庭に出て、その場所に案内された。
薔薇と芝が綺麗だ。その一画に星形のレンガがひとつだけ置かれ芝が根を張りつめている。
タイムカプセル、二〇センチ四方の小さなブリキの箱。
原形は留めていた。
「慎重にね!そっとあけなくっちゃ」
閉じ込められていた過去が、今蘇る。
手紙らしきもの、写真、そして僕の消しゴム。


大切に胸に抱かれたブリキの箱。
声をかけることも出来ない。
涙がいくすじも君の頰をつたわっている。


いつか見た光景。


あの日の泣き収まらない君。
今日も君の涙の想いを後から知ることになる。
「泣き虫さん、タイムカプセルの中、見せて」少しおちゃらけてお願いしてみる。
「嫌」真顔で睨む君が愛おしい。
手渡す君。
手紙は色褪せていた。
「いつか、絶対に逢える。
リョウ君が迎えに来てくれる。
ずっと、待っている。さみしいよ」
手紙にはそう綴られていた。
幼かった君の想い。
これが君からの初めてのラブレター。
一泊二日で探せたものは限られていたが、ふたりだけの時間を過ごせた。
いつか残りものをゆっくりと探そう。
僕は君の今が知りたくなった。


いつか見た光景 〜 過去が流れはじめる 〜

僕らの過去は、君からの電話で繋がる。

「代わりました。矢吹です」

「あの、西田と申します。綾野中学で、ご一緒だった矢吹さんですか」

「ええ、同じクラスでした」

それ以上、言葉にできない。


今、僕らは青山通りが見渡せる小さなレストランにいる。

なにから、話せばいいのだろう。

知りたいことは数え挙げられない。

言葉を交わすこともなく見つめ合い、やがてあの頃へ戻って行く。

「若いわね」君がつぶやく。

二人で幼かった頃をいく時間も探した。

あの頃の君が知りたい。


店を出、表参道を原宿駅へ向かう。

初夏の風は心地よく、けや木の葉からこぼれる光が二人を照らす。

交わる腕は恋をしている幸福感を与えてくれる。

「君から腕を組んでくるって、変わらず素直で大胆だね」

「だって、待っているのに我慢出来ないんだもの」

「いつか、ふたりが過ごした場所へ行ってみたいな」

「探したいものが沢山あるよ」

「ねぇ、面白いものがあるわ」彼女が指をさした先には、組みひもがおいてある。

「どれにする?」 でも、わかる。

彼女が選んだ赤と紺、黄色で編んだそれに星の形をした水晶が目立たぬようにアタッチしてある。

交互に左手首にしっかりと結ぶ。

「絶対に外さないでね」

真結びにしたそれは、外しようがない。


いつしか日が落ちている。

電話番号とメールアドレスを交換し、表参道駅で別れた。

僕らの今について話すことはなかった。

次に逢う日も。

君の瞳の中に映り出された街の灯りが涙で消えてしまいそう。

誰のもとへ戻るのだろう。

今、過去が流れはじめた。


まだ、妻を愛しているのだろうか。

長い歳月をともにしている。

愛は何かに変化している。

結婚してまもなく、長男が生まれた。

全ての愛情を注いだ。

彼を見ていると未来を感じる。

好きな子もいるらしい。

彼等の恋は、どのようなものなのだろう。

メール、いつでも気持ちを伝え合える。

だが、直ぐに分かり合えない時間が恋をはぐくむこともある。

彼は夢を持ち未来へ今を生きている。

僕は過去へ歩き始めた。

いつか見た光景 〜 交差した時空 〜

何故、君を感じたのだろう。

出張返りの成田エアポート第一ターミナル。

疲れ果てた男の本能か。

君も振り返える。

僕のキャリアケースに何かを探している。

視線を合わせた君の瞳にあの頃が映り出される。

君は何かを伝えようとしている。

僕はその思いを探している。

名刺を渡し、家路に着いた。

幸せそうな家庭がそこにはあった。

これから、ニューヨークへ旅立つのだろう。

きっと楽しいバカンスが待っている。

言葉を交わすことはなかった。

我が家で身体を休めたかった。


「お土産はなに?」娘が駆け寄る。

「先にお帰りなさいだろう」たわいの無い、いつものやり取り。

「お疲れ様、夜はお寿司よ」妻がねぎらうように迎えてくれる。

いつも以上に癒されたい。

しかし、君だったのか。

それが、僕の全てを支配している。


しばらく仕事に忙殺され君のことを思い出すことはなかった。


いつか見た光景 〜 過去を探しに 〜

二〇一二年五月に生まれ故郷の大隅大河原を訪ねる。
幼い頃に、一度父に連れて行かれた。
見知らぬ人から大きくなったねと声をかけられ裸電気の和室で夕食を囲んだ。
僕が生まれた頃の写真を探しに役場へ足を運ぶ。
一冊の本を手にした。「大河原の人々」、戦後まもない写真だろうか。
大人も子供も小汚い着物姿、一九六〇年としるされている。
言葉が出ない。懐かしさが込み上げてくる。
母から聞いた当時の話しと重なり涙が溢れた。
役場を後にし、あろうはずの無い生家を探した。
駅のロータリー、線路沿いに居たという言葉を頼りに。
過去はひとかけらも存在していない。
想像していた。僕が探したものは有形、あるはずも無い。


君に逢いたい。
ホワイトカラーの絵の具で時空(とき)を消して、きみに会いたい。
机に向かう横顔、秘密のメモ、席替えをしてもいつも隣りどおし。
微笑み、怒った顔、そして寂しさに流した涙。
さよならも言えずにきみを残して。
きみの恋のキャンバスは何色だろう。
すてきな出会い ワインの香り、過ぎ去った季節。
僕の絵の具は見つからない 。
きみのキャンバスに想い出を描いてきみを抱きしめたい。


最初で、そして最後だった二人ですごした時間。
君が流した涙の訳が分からなかった。
別れを知っていたのだろうか。
泣き収まらないきみを前に、その思いさえ想像しなかった。
僕は父の都合で他県へ、翌週、君は宮崎市内へ転校したと聞いた。
最後の週、君の姿はなかった。
誕生日、出席番号、いつも隣りどおし、夏休みが終わり初日の同じポロシャツ。
薄らいでいく君の瞳、一枚の写真もない。

いつか見た光景 〜 序章 〜

冬の夜空に輝く夢幻の星々。
遥か彼方の暗幕に生まれ、いま時空を経てその姿を映し出す。
ここにたどり着くまで幾千光年の間、闇を照らし続けて来たのだろうか。
人は明日を思い夢を語るが確かなことは、今も過去も存在しない世界で、未来を刻む時計が音もなく終演を告げて行く。
早く気づくべきだった。忘れられない時、叶えたかった夢。
深夜の家路、見上げる冬空に魅了されて行く。


一九六二年五月五日に生まれる。
鹿児島の小さな山村、大隅大河原。
藁葺き屋根、土間がある戦前の家、かすかな記憶は駅を越えた丘陵にある紫陽花とそこに住む貧しい兄妹。アルバムには若い父と母、僕がいる。
その後、宮崎県都城市で十四才まで過ごした。


一九六二年五月七日、君が生を授かる。
バンククラーカーの次女。君の生い立ちは知らない。
父親は転勤を繰り返して来たと聞いた。
君と過ごした時間は長くなかった。
ただ、受け止め難き輝きと果てしない孤独を僕に残した。
過ぎ去りし日に思いを馳せても君はいない。


一九八〇年、東京の大学でひとりの女性と出逢う。可憐で純粋なひと。

原宿表参道沿いの教会で式を挙げ、ふたりの子を授かる。

過ぎていく時の中でいつしか父親らしきものになり、サラリーマンとしても評価を得ている。

だが、大人と言われるものにはなれなかった。

同じ日々の繰り返しに疲弊したのか。

小さな夢を追いかけてみたが、満たされることはなかった。

心こわれ、薬物で眠りに就く。

ときに、酒に溺れ幻想に満たされタバコをふかし夜明けを待つ。

僕の魂まで支配はできない。