いつか見た光景

僕は彷徨い続けている。
〜 戻れぬ過去とひとり遊び 〜

いつか見た光景 〜 過去と今の融合

「うちに来る?」君からのメール。

「混乱している」と返信する。

「来ればわかるよ」


翌週、吉祥寺駅の東口で待ち合わせた。

井の頭公園が一望できるマンション。

指紋認証のドアが開きエレベーターへと向かう。

君の今を知ることになる。

「ひとつ、聞いていい。誰かいるのかな~」

「さぁ~」


君はお茶の水女子大を卒業し、私立中学のフランス語の教師。

アイスティを口にしながら、君が過ごして来た時を聞いた。

「お付き合いした人もいないよ」

僕がいうのも妙だが、みなが振り返る程の美しい女性だ。

言葉を探したが、見つけることができない。

察したかのように彼女が続ける。

「ずっと待っていたよ」

タイムカプセルのラブレター。

『いつか、絶対に逢える。リョウ君が迎えに来てくれる。寂しいよ』


抱きしめるこしかできない。

きみが僕に放した受け止め難き輝き。

違った。僕がきみのこころに残した消し難き寂しさ、果てしない孤独な時間。

僕らはこれからどうなるのだろう。僕はどうすべきか。

目の前に君がいる。時を越えて。

「どこへも行かないで」

あの場所へあの時へ帰ろう。


僕らは都城市にいる。

妻とは別れ、会社も辞め全てを捨てた。

「お父さん、どこへ行くの」娘の最後の言葉。

振り返ることも出来ず家を出た。


今はふたりで思い出を散策している。

雨の日は絵を描き雑誌をめくる。

晴れの日はサイクリング。小さな家を買った。

近所付き合いもなく友達もいない。

二人きりの生活、埋めるには深すぎる愛。

このまま時がすぎて行くだけでいい。


「小さなパン屋さん、やってみた~い」

庭から君の大きな声。

素直な君を見つめていると笑みがこぼれる。

これまで、聞くことのできなかった安らいだ言の葉。

「なに笑っているの~」

「明日、婚姻届出しにいこう」

「矢吹 美和子、変な感じ」

「幼い頃から、矢吹美和子になりたかったんだろう」

「なってあげても良いと思っていたよ」

たわいの無い会話が新鮮でこころが和む。

「仕事を探さないとね」

「贅沢しなければ、毎日二人でいられるよ」ひと時も僕と離れたくない君がいる。

突然の別れから時空を越えて二人今を生きている。

多くの犠牲を払いすぎた。

ただ、今が長くは続かないことを予感している。


成立しない方程式。

「過去」―「愛」=「別れ」>「今」


息子は、娘、妻は、、、 眠りにつけない夜もある。


二人で暮らし始めてから幾月過ぎたのだろうか。

子供ができたようだ。だが、宇宙の摂理は壮大だった。

二人に未来を夢見る時間を十分に与えてはくれない。

オリオン座の恒星ベテルギウスが超新星爆発を起こし人類が滅亡する日が近づいていた。

あと数ヶ月後にすべてが消える。

世界中が統制を無くし情報も途絶えた。

街で人影を見かけることもない。


今、縁側でビールを片手に二人で夜空の星々を眺めながら肩を寄せ合い七夕を楽しんでいる。

静かな夜だ。

死が確実に近づいているのに何も変わらない。

だから、君を思い続けた。


浴衣姿の君がいる。

「あと、いくにちなんだろう。」

「怖くないかい?」

「熱いのかな~」

「変な奴、うちわであおいであげるよ」

「怖くないよ、リョウ君がいるから。そして、お腹の赤ちゃんも一緒だよ」

「逢いたかったね」

「今日は、遅くまで星を眺めてゆっくりしよう」

「ありがとう。リョウ君。

そして、私の所為で皆に辛い思いをさせてごめんなさい」

僕に眠れぬ夜があるように、君も同じだった。

分かっていたよ。

君も僕も、あの日から時間が止まってしまった。


超新星爆発後、 見上げる夜空は刻々と変化している。

闇と星々の輝きの調和が失しなわれているのだろうか。

死の光が確実に地球へ向かっている証。

×

非ログインユーザーとして返信する