いつか見た光景 〜 過去が流れはじめる 〜
僕らの過去は、君からの電話で繋がる。
「代わりました。矢吹です」
「あの、西田と申します。綾野中学で、ご一緒だった矢吹さんですか」
「ええ、同じクラスでした」
それ以上、言葉にできない。
今、僕らは青山通りが見渡せる小さなレストランにいる。
なにから、話せばいいのだろう。
知りたいことは数え挙げられない。
言葉を交わすこともなく見つめ合い、やがてあの頃へ戻って行く。
「若いわね」君がつぶやく。
二人で幼かった頃をいく時間も探した。
あの頃の君が知りたい。
店を出、表参道を原宿駅へ向かう。
初夏の風は心地よく、けや木の葉からこぼれる光が二人を照らす。
交わる腕は恋をしている幸福感を与えてくれる。
「君から腕を組んでくるって、変わらず素直で大胆だね」
「だって、待っているのに我慢出来ないんだもの」
「いつか、ふたりが過ごした場所へ行ってみたいな」
「探したいものが沢山あるよ」
「ねぇ、面白いものがあるわ」彼女が指をさした先には、組みひもがおいてある。
「どれにする?」 でも、わかる。
彼女が選んだ赤と紺、黄色で編んだそれに星の形をした水晶が目立たぬようにアタッチしてある。
交互に左手首にしっかりと結ぶ。
「絶対に外さないでね」
真結びにしたそれは、外しようがない。
いつしか日が落ちている。
電話番号とメールアドレスを交換し、表参道駅で別れた。
僕らの今について話すことはなかった。
次に逢う日も。
君の瞳の中に映り出された街の灯りが涙で消えてしまいそう。
誰のもとへ戻るのだろう。
今、過去が流れはじめた。
まだ、妻を愛しているのだろうか。
長い歳月をともにしている。
愛は何かに変化している。
結婚してまもなく、長男が生まれた。
全ての愛情を注いだ。
彼を見ていると未来を感じる。
好きな子もいるらしい。
彼等の恋は、どのようなものなのだろう。
メール、いつでも気持ちを伝え合える。
だが、直ぐに分かり合えない時間が恋をはぐくむこともある。
彼は夢を持ち未来へ今を生きている。
僕は過去へ歩き始めた。